しなやかなる反逆∶『Beams inte 64 ul』という名の免罪符

FISHING GEAR / 鋼の道具箱

1.細身の肢体、鋼の意思

約1年半前の9月のことである。

黄金の23カルカッタコンクエストBFSを手に入れてから数日後。私はさらなる「禁忌」に手を染めることとなった。

Fishman(フィッシュマン)のBeams inte 64UL。

世間一般の「ライトゲームロッド」という言葉から連想される、あの繊細で、今にも折れてしまいそうなか弱さは、この竿には微塵もない。むしろ、細身でありながらも内側に「鋼の背骨」を隠し持ったような、不敵なまでの強靭さがそこにはある。

​「……で、それは何? 前のと何が違うの?」

玄関先で嫁の鋭い視線が私の項(うなじ)を射抜く。

「いや、これはね、前のリールのポテンシャルを最大限に引き出すための、いわば『相棒』のようなもので……」

私は、自分でも何を言っているのか分からない供述を繰り返し、なんとかその場をやり過ごそうと試みる。しかし、嫁の目は誤魔化せない。彼女は知っているのだ。この「細い棒」一本が、一体どれほどの家計を犠牲にして手に入れられたものなのかを。

​2.1.5gの福音と、1gの絶望

​意気揚々と出かけた初釣行。私はまず、1.5gのジグヘッドをラインの先に結んだ。

「……ほう」

キャストした瞬間、inte 64ULがしなやかに、かつ力強く空を切り裂いた。黄金のリールから放たれたルアーは、私の想像を遥かに超える弾道で、夜の海へと吸い込まれていく。これだ。この「気持ちよさ」を私は金で買ったのだ。この瞬間、私は自分が瀬戸内の海を支配する高潔な騎士にでもなったかのような錯覚に陥っていた。

​しかし、世の中はそれほど甘くない。調子に乗った私が、ジグヘッドを1gへと落とした瞬間、世界は一変した。

飛ばない。

いや、飛ばないなどという生易しいものではない。自分が「へたっぴ」であることは重々、それこそ嫌というほど自覚しているつもりだが、それにしても飛ばないのである。白銀の機械と最高級の竿をもってしても、私の放つ1gは、そこらへんの野良犬の小便ほども飛ばず、無惨に足元の海面を叩くだけであった。

私は常夜灯の下で一人、自分のあまりの不甲斐なさと、道具の性能を使いこなせない絶望感に、膝から崩れ落ちそうになった。

​3.ベイトフィネスという名の、贅沢な「自縛」

​inte 64ULを握り、夜の海でカルカッタのクラッチを切る。

この竿の恐ろしいところは、その「曲がり」にある。キャストの瞬間、ロッドが深々と頭を垂れ、その復元力で軽量ルアーを低弾道で弾き出す。はずなのだ。

​スピニングリールを使えば、1gだろうが0.5gだろうが、もっと楽に飛ばせるだろう。だが、私はあえてこの「曲がる竿」と「回るリール」の組み合わせで、わずか数メートルの、犬の小便程度の距離を攻める。

それは、効率を求める現代社会に対する、私なりのささやかな「不服従」である。

バックラッシュの恐怖に怯え、飛ばないルアーに悶絶しながら、このしなやかなロッドに魂を預ける。その瞬間だけは、私は「マスオさん」でも「塵」でもなく、一人の不器用な「アングラー」として、不条理な世界と対峙できているような錯覚に浸れるのだ。

​4.アンダー1gの「聖域」

​1g以下のジグヘッドをベイトタックルで操る。

それは、普通の人間から見れば「ただの苦行」に過ぎない。実際、風が吹けばラインはふけ、私の親指はパニックに陥り、リールの中には再び「鳥の巣」が形成される。

「……釣れたの?」

翌朝、空っぽのクーラーボックスを覗き込みながら、嫁が冷ややかに言い放つ。

「……いや、昨夜は魚と、そして自分自身の『無能さ』と対話していたんだ」

そんな言葉が通じる相手ではないことは重々承知している。だが、inte 64ULが描いたあの美しい弧を思い返せば、朝食の味噌汁が少しばかり薄くても、私は耐えられるのである。

​5.おわりに

​Fishman Beams inte 64UL。

この竿は、私に「曲がる喜び」と、それ以上に「己の限界」を教えてくれた。

カルカッタコンクエストBFSとの組み合わせは、まさに黄金のコンビネーションであり、私の小遣いと自尊心を完膚なきまでに破壊した「最終兵器」でもある。

​もし、どこかの防波堤で、信じられないほど竿を曲げながら、飛距離のなさに打ちひしがれている中年男を見かけたら、それは私に違いない。

私は今夜も、嫁の「がいな」怒号が届かない海の果てを目指し、このしなやかな反逆の徒を手に、闇へと消えていくのである。

さて、その後私は足りない頭を捻り、無い知恵を絞り出して、ある結論に達するのであった。

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