1.1gの壁、あるいは自尊心の崩壊
前回の釣行で、私は知ってしまった。
1.5gのジグヘッドが描く放物線が「福音」だとするならば、1gのそれは「呪い」以外の何物でもないということを。
何度投げても、どれほど精神を研ぎ澄ませても、私の放つ1gは、重力という名の非情な現実に即座に屈服する。白銀のリールのスプールは、私の期待をあざ笑うかのように鈍く止まり、ルアーは情けなく足元の海面を叩く。
「……下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるっていうけど、それ、鉄砲以前の問題じゃないの?」
常夜灯の下で悶絶する私に、海の神様がそう囁いた気がした。
そう、私は下手なのだ。重々、それこそ胃に穴が開くほど承知している。しかし、上手くなるまで待てるほど、私の人生は長くはないし、何より「がいな」妻はそんな悠長なプロセスを許してはくれない。
2.アベイルという名の「聖域」への逃避
自分の技術のなさを、日々の特訓で補う。
そんな健全な精神は、家庭内ヒエラルキーの底辺で磨り減ってしまった。私に残された道はただ一つ。「ツールに頼る」ことである。
私は震える指でスマホを操作し、ひとつの解答に辿り着いた。
Avail(アベイル)社製、23カルカッタコンクエストBFS用マイクロスプール。
それは、純正という名の安心感を捨て、さらなる軽量化の極致へと足を踏み入れることを意味する。いわば、自力で走るのを諦め、自転車にエンジンを積むような、卑怯極まりない、しかし抗いがたい魅力に満ちた「ドーピング」である。
3.隠蔽工作と、白銀の心臓
「……また、何か届いたわよ」
もはや定型文となった嫁の言葉が、玄関から冷たく響く。
「いや、これはね、リールの内臓……いわば心臓のスペアパーツで、維持管理のためにどうしても……」
私は、箱の中に入っているのが、わずか数グラムのアルミの塊であることを必死に隠しながら、それを自室へと運び込んだ。
純正のスプールを抜き取り、アベイルの浅溝スプールを装填する。
見た目は変わらない。白銀の外殻に包まれた、密かなる改造。しかし、その内部には「1gを飛ばす」という、私の執念と、数枚の野口英世(あるいは諭吉)が詰まっているのだ。
4.おわりに
これで準備は整った。
技術がないのなら、機械に肩代わりさせればいい。努力が嫌いなら、金で解決すればいい。それが、家庭内で自由を奪われた中年男に許された、唯一の、そして最大の反撃なのだから。
今夜、私は再び海へ向かう。
もし、1gのジグヘッドが夜風を切り裂き、闇の彼方へと消えていったなら。その時、私は常夜灯の下で静かに勝利の美酒(中身は水道水かもしれないが)を味わうだろう。
逆に、これでも飛ばなかったときは……。その時は、「もっと高い竿」を探し始めている自分の姿が、容易に想像できてしまうのが恐ろしいのである。
……とここまでは表向きの話。実はこの裏で起きていた『悲劇の全貌』は、こちらで供養しています。



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